
全室はコンクリートに埋設されたパイプの中を温水がとおりその暖かさはコンクリートに蓄熱されて
省エネで部屋中がほんのりと常に暖かくいられます。
@kakifly:
@sophizm:日本は元々仏教と神道しかなかったからお正月で我慢すればいいのよ@kakifly:
事業仕分けにより以下のことを決定するわよ。1.クリスマスは即刻廃止。2.当然ケーキもプレゼントも廃止。3.イルミネーションの撤去。クリスマスソングの禁止。4.カップルは即刻別れること。5.サンタクロースは指名手配。6.クリスマスのラブホ営業停止。7.クリスマスセックス禁止令。子供がかわいそうねw
私も以前から、日本に於けるクリスマスの扱いに疑問を持っていました。結論から言えば、日本の基本は八百万の自然崇拝に基づいた神道だと思っています。その観点から見れば仏教も異質なものであり、いわんやキリスト教は。と言うことになりますが、仏教とても現在日本にあるものは仏教発祥の時点とはかなり異なり、実態は神仏混淆になっています。宗教に限らず日本は外来文化を日本流にアレンジ融合してきた経緯がある訳です。その視点に立ってみると、日本人はキリスト教であれイスラム教であれ自分にとって都合が良ければその断片を模倣してきた訳ですからクリスマスでもバレンタインでもなんでもありではないのでしょうか。
“オイラにはよくわからない、理解できない人がいます。 それは人を叱責する際に「やる気があるのかっ!?」って言う人。 オイラはこういうことを言う人のことも気持ちもさっぱりわからない。 だって、これ、どっちにころんでもBAD ENDの選択肢ですよね。 「やる気あるのかっ!?」→「やる気あります」→「じゃあ、なんで出来ねぇんだよ!!」→BAD END 「やる気あるのかっ!?」→「やる気ないです」→「じゃあ、辞めちまえっ!!!!」→BAD END ね? どっちを選択してもBAD ENDにしかならない選択肢を投げかける人の精神構造がオイラにはさっぱりわかりません。 だって、オイラからすれば、それは「やる気あるのかっ!?」という質問を投げかける人のマネジメント能力が決定的に不足してんじゃないですか? と思うから。 「やる気あるのかっ!?」って言葉からわかると思いますが、この台詞を言ってる人は仕事を他の人に投げているわけです。頼んでいるわけです。 で、その頼んだ仕事に内容が達していなかったから「やる気あるのかっ!?」って言葉が出てくるわけです。 でも、ですよ? その人は頼んだ仕事に対して具体的な条件、詳細な仕様をきちんと相手に伝えたのでしょうか? 頼まれた方から質疑があったとき、きちんと回答してるでしょうか? 条件、仕様について「お前が考えろよ」と丸投げしてはいないでしょうか? 頼まれた方からすれば限られた作業時間で出来るだけの作業をしてるのに「やる気あるのかっ!?」って言われても、「いやいや、アンタ条件も仕様も質疑も何も答えなかったじゃん?」って答えるしかないんですけどねぇ。 取り合えずの結論は「やる気あるのかっ!?」っていう台詞を吐く人間にはまともな人間はいないです。 「やる気あるのかっ!?」と叱責する前に、己はきちんと相手に条件と仕様を説明し、質疑にきちんと答えたか自問自答した方がいいと思います。 丸投げ作業に「やる気あるのかっ!?」って言われても、ね? 条件も仕様もわからない、質疑をあげても説明もしてくれない仕事にやる気なんか出るわけないです。”— 「やる気あるのかっ!?」って台詞は無能の証拠。 - 続ドクバリニッキ (via petapeta) (via yaruo) (via peckori) (via johnnys) (via ljmp) (via sakito)
「やる気あるのか」というマネージャーは、多分、怒りたいだけなんでしょうが、客観的には仕事の教育方法、伝達方法として、米国型と日本型の違いがあると思います。貴君のおっしゃる方法は米国型で、日本の欧米化に伴い導入されつつあると思います、しかしながら、日本人の場合、日本型の「十分な説明をしない」伝達方式を内在したまま米国型のまねをしているため、行き違いが生じると考えます。多くの分野について、日本人は欧米と異なります、日本人が日本の社会において欧米の方式を取り入れることは所詮、衣を被るのと同じで外見はそれらしくなりますが、中身は違ったものに成ります。これは過渡期でいずれ衣の中身は融合するという人もいますが、融合した場合、それは、日本仏教の経緯をみるまでもなく全く違ったものに成ると思います。しかも、出来上がったものもまた、日本独自のものになるのでしょう。
@madaraya:
問題は在宅でも、家族が共働きだったり独居だったり、老々介護、認認介護の場合はどうしても身内以外の力を在宅でも頼らざるを得ない事が増える事ですな・・RT @maric_2009: @madaraya 在宅介護は家族が主役です。 ヘルパーは手助けに過ぎませんね。
私も老老介護ですが、この問題は大変です。今に始まったことではないのですが。明治政府の富国強兵策により東京一極集中が画策され、結果、村落共同体の崩壊、地方の疲弊と辿った訳ですが。そして今また企業共同体の崩壊が始まっています。この先どのような形態になるかは判りませんが、人々が頼れるような共同体の育成が重要だと考えます。介護も本来家族の役割かもしれませんが、経済的にゆとりがないと地獄です。
@tyk2:
CMのつくりをみるとそうですよね。 RT @yujin511 日本のマーケティング力が弱いのは、皆が日本人だからだと思う。アメリカが強いのは、皆人種も宗教も稼いでいるお金も全く違うから、ちゃんとやらないとものが売れないのだ。
結論から言って、結局日本はまだ貧しいからではないかと思います。確かにGDPなどをみればそれなりの数値ですが、これは所詮、「コマネズミ的数値」であって、今の日本は「ストック」で悠々自適には生活できない仕組みになっています。日本にも結構高額な消費をする人々もいますが、それとても多分「フロー」なのでしょう。いわゆる昔で言う「旦那衆」が居ないか、少ないんだと思います。日本の文化、美意識は世界のどの文化にも引けをとらないモノですが、それとても大部分は過去の遺産です。文化は総て金額の多寡とは申しませんが、少なくともそこそこに「暇人」でなければ社会としての「文化」は高められません。稲作による余剰人員の確保により文化が発展してきたように、「暇人」を抱えられる社会の仕組みを創ることが肝要と思いますが今の「表層的アメリカナイズ」「去勢された豚」のような日本社会では当面無理なことだと感じています。少しテーマがずれました。失礼。
@kousyou:
RT @hazuma 他人の体型や年齢をネタにするのは下品です。デブとか中年とかも同然だし、チビとかメガネとかハゲとかもぜんぶダメ。そんなあたりまえのことを、批評や思想の読者がわかっていないことに驚愕する。
状況にもよりますが、言葉に制限を設けるのは慎重にすべきだと考えています。差別用語の禁止など、一見良識的に思われますが、これは言葉だけに限らず、今、日本は何かにつけ「表」だけにしようとする風潮と同質なものに感じられます。モノは必ず「表裏」があり、俗に言う「臭いものには蓋」的な考え方は、「裏」の部分が「裏」として肥大化してゆく懸念を感じます。広く一般的に放映される放送番組などについては、もっと厳しい制限もあってしかるべきで、特に最近「性」に関する言動がルースになってきているように感じます。極端な見解かもしれませんが、妊婦の出演、出産に関するトーク、セックス関するトーク、生理用品の広告、などなど本来、不特定多数に対して馴染まないように思います。性的表現を禁止しろと言うのではなく、むしろ「性」にしろ「暴力」にしろ「犯罪」にしろ、いわゆる、社会の闇の部分への表現は制限すべきではない、表現媒体を選ぶ必要があると思います。